王室の花嫁とセレブリティの花嫁は、なぜすれ違うのか─メーガン妃のウェディングドレスから読む、花嫁像の問い─

ダイアナ妃と、キャロリン・べセット=ケネディという2つの花嫁像を受けて、では現代のロイヤルウェディングでは、どのような花嫁像が語られているのだろうか。

アメリカ人女優として英国王室の花嫁になったメーガン妃は、その文化的背景から、また違う側面での花嫁像を浮かび上がらせる。王室のないアメリカには、その代わりといってもよい独特のセレブリティ文化が生まれている。王室とセレブリティは似て非なるものだ。王室・皇室をもつ国では内面化されているその違いを、アメリカ的な感覚をもつ花嫁が本当に理解し、納得し、受け入れられたのだろうか。すれ違いは、すでにウェディングドレスから始まっていたとも考えられる。

メーガン妃のウェディングドレス

Via. BBC(https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44183904)

2018年、メーガン妃はジバンシィの純白ドレスを纏い花嫁になった。ボートネックは、伝統的でありながらスタイリッシュなデザインだ。身体にフィットするシルエットではないが、肩を強調することでウェストが細く見える。キャサリン妃が着たAラインがシルエットだけでスタイルよく見える効果をもつのに対して、メーガン妃が選んだフィットアンドフレアのようなシルエットは、腰回りのフィット感と太ももあたりでのラインの切り替えが着る人を選ぶデザインだ。それでも美しく成立していたのは、オーダーメイドの精巧な仕立てと、メーガン妃自身の着こなし力によるところが大きい。

あわせた5mのベールには、英国連邦53カ国の花の刺繍に、ケンジントン宮殿に咲くウィンタースイート、カリフォルニアのポピーが施されていた。ティアラはバンド型を選びモダンな印象で、センター分けにまとめたヘアスタイルは、聡明でアクティブなイメージを加えた。

手掛けたジバンシィのクレア・ワイト・ケラーは英国出身のデザイナーだ。王室によると「時代を問わないエレガントな芸術性と、非の打ち所のない仕立て技術」に惹かれてオーダーしたという。ロイヤルウェディングでは珍しいフランスのメゾンの選択だったが、英国出身のクレアの才能に注目を集めたかったことも理由の1つとして語られている。加えてクレアは、多様性の欠如を指摘されてきた老舗メゾンの、初めての女性アーティスティック・ディレクターでもある。伝統あるブランドの初の女性ディレクターを選んだことを、花嫁の政治的表明と読む専門家もいる。

英国王室の花嫁には、選択のルールがある

将来の王妃を担う花嫁は、ただウェディングドレスを纏うのではない。結婚式で英国の産業を、文化を、伝統を「着る」のだ。

ダイアナ妃もキャサリン妃も、英国ブランドのウェディングドレスでロイヤルウェディングに臨んでいる。ダイアナ妃は当時まだ無名だった英国人デザイナーのデイヴィッド&エリザベス・エマニュエル夫妻、キャサリン妃はアレキサンダー・マックイーンのサラ・バートンを選んだ。アレキサンダー・マックイーンはパリを拠点とするケリング傘下であったため、やや物議を醸した面もある。ロイヤルウェディングのドレスが英国所有のメゾンによって作られなかった初めてのケースだったからだ。それでも、2010年に亡くなったリー・アレキサンダー・マックイーンの後を継いだサラ・バートンにとっても、ブランドにとっても、キャサリン妃のウェディングドレスを手掛けたことは、アレキサンダー・マックイーンが英国を代表するファッションブランドであり続けることを後押しした、重要な場面だったといえる。

この慣習は、未来の王妃に限ったことではない。英国王室では暗黙の了解として、現代でも続いている。ユージェニー王女は英国の人気ブランド「ピーター・ピロット」、ベアトリス王女はエリザベス女王のドレスを仕立てたノーマン・ハートネル、ザラ・フィリップスもエリザベス女王お気に入りのスチュアート・パービンと、御用達ブランドや国内ブランドを選ぶことが通例になっている。

英国王室は公費に支えられているため、王室には国民のための義務を負うという意識が根づいている。英国王室の花嫁は、ただの花嫁ではない。国民に支えられている花嫁なのだ。その役割を、ウェディングドレスにも反映させることが求められる。伝統に従い英国人デザイナーを選んだ点はルールに沿っていたが、フランスの老舗ブランドであったことは、大きなサプライズだった。

王室とセレブリティは、同じ「有名人」ではない

アメリカでは、王室・皇室も大富豪も名士もハリウッドスターも、まとめて「セレブリティ」として同じレイヤーで語られがちだ。しかし、同じようにレッドカーペットを歩く機会があっても、王室・皇室とその他のセレブリティは、そもそも役割の構造が異なる。

ウェディングシーンでいえば、王室の花嫁像は「個人の美意識」よりも「国家・制度・伝統」と接続している。ダイアナ妃のウェディングドレスとキャロリン・べセット=ケネディを比べるとき、2人の立場が似て非なるものであるからこそ、キャロリンのウェディングは成立している。ケネディ家はアメリカの王室と称されることがあるが、王室ではない。だから自身の美意識をドレスやウェディングに反映させることができ、私的なウェディングが文化的イメージへと昇華した。

しかし、王室には国民のためという視点が必要だ。ここがセレブリティとは決定的に違う。チャリティ活動に精を出す裕福なセレブリティは、その活動時間だけ役割を体現すればよい。しかし王室や皇室は、24時間365日その役割を担う。このレイヤーの差を、そして英国の文化的背景を、アメリカ人であるメーガン妃が理解しきれていなかった可能性はある。

メーガン妃にとっての「花嫁らしさ」は何だったのか

メーガン妃にとってのウェディングスタイルは、女優としてのキャリア、自身のアイデンティティ、自己表現としての装いだった。シンプルでモダンなウェディングドレスは、女優ならではのオーラとスタイルでフランスを代表する高級ブランドを着こなした。センター分けにまとめたヘアスタイルは、代表作『SUITS』のキャラクターも思い起こさせる、快活でキャリアをもつ自立した女性像だ。

メーガン妃は、キャロリン・べセット=ケネディにも通じる「自分の美意識をもった花嫁像」を前面に押し出した。女優として個性を際立たせることは当然であり、多様な個性として、アメリカではむしろ好意的に受け入れられただろう。しかしメーガン妃のウェディングは、キャロリンのセレブリティウェディングとは違う。ロイヤルウェディングだ。

英国民あっての王室という感覚が、アメリカ人であるメーガン妃には腹落ちしていなかったかもしれない。それ以上に「花嫁」という主役に取り憑かれていたのかもしれない。メーガン妃のウェディングは、「国民のための花嫁」という役割よりも、花嫁自身の美意識と、花嫁はウェディングの主役であるべきという感覚が、よくも悪くも前面に出た場面だったのではないだろうか。

アメリカVOGUEの編集長アナ・ウィンターは、「英国人デザイナーによるフランスの老舗ブランドを纏ったことは、『私はアメリカ出身だけど、ここ(英国)の一員です』というメッセージを発したとも言える」と指摘した。メーガン妃は決して英国を軽視したわけではないだろう。王室の役割を蔑ろにしたというより、花嫁という主役に固執しただけなのかもしれない。

すれ違いは、装いの問題ではなかった

ウェディングドレスの選択が象徴していたのは、メーガン妃と王室のあいだの、花嫁像をめぐる根本的なズレだ。そして、花嫁という「主役」を完全に自分のものにしたかった、メーガン妃のブライズマインドによるものではないだろうか。

その後のハリー王子&メーガン妃の経緯を知る私たちからみると、ウェディングドレスの選択はすでに予兆であったとも読める。英国民あっての王室、その花嫁像は、メーガン妃の個性と自意識の中に埋もれてしまった。花嫁が主役なウェディングやドレスは、当たり前だ。ただし、それがロイヤルウェディングでなければ。

アン王女は「メーガンの肌の色ではなく、英国とアメリカの文化の違いを尊重する能力が欠如している」ことを心配したと報道されていたが、そのレイヤーの違いを示す人物や体制が王室側で整えられていたかどうかも、疑問が残る。

双方が文化的背景をお互いに理解しようとする姿勢がなければ、断絶は生まれる。たった1着の、しかもエレガントで美しいシルエットのドレスが、これほどの意味をもつことになるとは。メーガン妃のウェディングドレスは、それほど強い意思と問いを内包した1着となった。


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