一夜で「古風」が「洗練」へ──キャサリン妃のウェディングドレスとファッションの反転

 キャサリン妃のウェディングが行われた翌日、ドレスメーカーからあるドレスの営業メールが届いていた。そこにはロングスリーブのウェディングドレスの販売紹介、キャサリン妃が着たあのウェディングドレスの類似デザインだ。エレガントで上品な、現代のシックな花嫁らしいウェディングドレスという触れ込みは今でも覚えている。このドレスが登場するまで、「長袖のウェディングドレス=古風」という当時の風潮がたった一晩で覆されたのだ。

2011年以前、ロングスリーブは保守的だった

Via.VOGUE(https://www.vogue.com/article/kate-middletons-wedding-dress)

 キャサリン妃のウェディングドレスが登場するまでの数年は、ベアトップなどのストラップレスが主流だった。Bridal Gude記事内で、筆者自身が2010年にドレスを探した際、ストラップレス以外の選択肢がほとんどなかったと述べている。「ストラップを後付けするか、ストラップレスを選ぶか」というほど選択肢が限られたと振り返っている。また、The Knotは1996年以降のウェディングドレスを振り返る記事で、ストラップレスのボールガウンは、2000年代初頭から2010年代にかけて広く見られたと指摘している。

 ちょうど2000年代に入ってインポートドレスの取り扱いが広がっていた日本においてもそれは同様で、私がドレススタイリストとして紹介していたデザインもベアトップが圧倒的に多かった。キャサリン妃のロングスリーブのドレスは、そうした市場の空気の中で表れた1着だ。それまで袖付きドレスはどちらかというと古風な印象で、1993年に創刊されたゼクシィによって結婚式に対する知識やトレンドを得ることが容易になった花嫁には、「古い」という価値観を与えていた。バブル崩壊以降、花婿花嫁を「お披露目」する結婚式から、「ゲストをもてなす場」へと変化してきたころだ。肌見せに対しての価値観が異なる親世代と花嫁世代だが、バブル崩壊後は親からの影響も徐々に低下し、結婚式が2人の手元に降りてきた時期であり、ベアトップは圧倒的な占有率をもっていた。

ストラップ全盛の時代に現れた、ロングスリーブという静かな革命は、再び袖付きドレスへの見方を変化させた。

2011年4月29日、何が起きたのか

Via.VOGUE(https://www.vogue.com/article/kate-middletons-wedding-dress)

 2011年4月29日、世界中の視線が集まったウィリアム王子とキャサリン妃のロイヤルウェディング。注目されたウェディングドレスのデザイナーは、サラ・バートン(Sarah Burton)率いるアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)が担っていた。

Vネックにレースのロングスリーブ、ヴィクトリア朝のコルセット構造を参照したという適度なフィット感のあるボディス。Aラインウエストから流れるスカートラインとの対比で、キャサリン妃のスタイルをさらに良く見せる。バックスタイルは、58個のガザールとオーガンザのくるみボタンが施され、約2.7mのトレーンを引く。決して肌を大胆に露出すること無く、レース、袖、ウエスト、トレーンに至るまで、アレキサンダー・マックイーンの技術力で、凛とした花嫁の美しさを表現した。一見、クラシックな花嫁像が「古い」のではなく、「洗練」として再評価された瞬間である。

ロイヤルウェディング翌日、ファッションの価値観が反転した

 ロイヤルウェディングが一夜明けると、すでにドレスメーカーが動きはじめていた。類似ドレスが市場に出回り、当時私が働くドレスショップにもレースのロングスリーブドレスの受注受付メールが届いた。

ベアトップなど肌を露出するドレスデザインが新しい、美しいとされ市場を席巻していた中で、ロングスリーブは保守的で古風なカテゴリーだった。それがキャサリン妃のウェディング後、ロングスリーブは「クラシカルで上品」へ再定義され、洗練された花嫁のウェディングドレスの地位を得た。

もちろん、来店される花嫁の希望も変化した。Aラインドレスは、多くの花嫁が取り入れやすいシルエットであったことも手伝って、レースのロングスリーブのAラインドレスを希望される花嫁が私の働いていたドレスショップでも急増したことをよく覚えている。

セレブウェディングはなぜ、ファッションを動かすのか

Via.グレース・ケリー モナコ公妃 25ansWedding(https://www.25ans.jp/wedding/dress/g53768/grace-kelly-wedding-gown-17-0928/)

 キャサリン妃に限った話ではなく、ロイヤルウェディングなどのセレブウェディングは、いつも人々の価値観に影響を与える。

ダイアナ妃のロイヤルウェディングはまさにプリンセス王道のウェディングドレス。90年代キャロリン・べセット=ケネディのミニマルなウェディングドレスには、自身の美意識が反映されていた。そしてメーガン妃には「主役としての花嫁」「英国王室として花嫁」、花嫁像のズレに気付かされる。

その中で、キャサリン妃は、国家・伝統・制度が過分に意識されるロイヤルウェディングにおいて、古風を、新しい・美しいへと変換させた。それには多くのメディアでも語られたように、グレース・ケリーのウェディングドレスの存在もあるだろう。

1956年モナコ公妃となったアメリカ人女優、グレース・ケリーはレースのロングスリーブに、ベルラインのようなボリューム感のあるスカートでロイヤルウェディングに臨んでいる。シックで気品溢れるドレス姿は、2000年代のお騒がせセレブの代表格パリス・ヒルトンが2021年の自身の結婚式でウェディングドレスの参照にしたのは有名な話。パーティーガールにとっても、グレース・ケリーの上品なウェディングドレスは時代を超えて特別だったのだ。

キャサリン妃のウェディングドレスも、そうなる可能性が高い。なぜなら、未だにロングスリーブのウェディングドレスを求める花嫁が「キャサリン妃みたいなドレス」と、たとえを出してくるのだ。保守的で古い印象だったロングスリーブを、シックなデザインへと置き換えたグレース・ケリーとキャサリン妃は、「古風」を「新しさ」へ、「伝統」を「上品」へとアップデートした。

キャサリン妃のウェディングドレスが価値観をひっくり返した瞬間だった。

まとめ:装いは、誰かの「当たり前」を書き換える

2011年4月29日、サラ・バートンがデザインしたロングスリーブのウェディングドレスは、キャサリン妃が纏うことでトレンドとして昇華した。時代に逆らうデザインが、時代を動かした瞬間だった。

ダイアナ妃は王室の花嫁という義務を全うした。メーガン妃は自身の美意識を前面に打ち出した。キャサリン妃だけが、王室の役割を果たしながら自身の美意識も加えた——その絶妙なバランスが、あの1着に宿っていたのではないだろうか。

キャサリン妃が書き換えたのは、ロングスリーブの価値だけではなかった。王室の義務と個人の美意識が矛盾しない花嫁像を、あのドレスは静かに示していた。グレース・ケリーが半世紀前にそうであったように。時代を超えるドレスとは、流行を追わないからこそ、誰かの「当たり前」を書き換えつづけるのかもしれない。(text:Miho Ono 婚礼衣裳研究者 / 大学・短大・専門学校講師→ Research


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